「くれくれ人間」による「くれくれブログ」は嫌だ。
「かわっちょ」ブログを始めてから思ったことがある。
それは「このブログって誰かの役に立っているのだろうか」
「このブログを読む時間は有意義な時間になっているのだろうか」
ということだ。
このブログ「かわっちょ」は雑記主体の日記で自分自身が思っていること感じたことを、ありのままに書きたい放題書くということを主軸にしたブログなんだけれど、
それにしても「どうしようもない」「くだらない」「役に立たない」記事ばかりなのではないか?
と思ってしまったのだ。
有益な情報は得られなくても「笑える」「面白い」と思ってもらえる記事になっているのなら、それは読者の役に立っているということだから素晴らしいことだ。
でも、何も有益な情報もなく、何も面白くなくつまらない記事ばかりのブログになってしまっていたとしたら…??そんなの最悪だ。
まだこのブログを始めて一か月もたっていないけれど、「アクセスアップしたい」「有名になりたい」「収益化したい」という「くれくれ精神」ばかりで書いてしまって、なんの役にも立たない記事ばかりになってしまってはいやしないか?と自問自答した。
「give&give人間」による「読みたくなるブログ」にしたい
かわっちょは正直なところ、何かにものすごく詳しいわけではないそこらへんにいる普通の人間だ。
何かにものすごくハマっていて詳しい「〇〇オタク」でもない。
だから、誰かの役に立つような専門性ある情報をお伝えできるかといえば、お伝え出来ない、、というか、自分より詳しい人・専門性ある方は山のようにいるからその人たちが発信しているサイト・ブログには勝てないだろうと冷静に思っている。
では、「かわっちょ」という人間が書くブログの強みは何だろうか?
それは「ごく普通の凡人だからこそ、多くの人と共感しあえることが多い」ということだではないだろうか?
並外れた才能がある天才ではないから、できるようになるまで苦労するし、
一生働かなくていいような大金持ちの資産家ではないから、仕事でもいろんな悩みや大変さを味わっている。
また、結婚していない独身男性でもあるから、家事も一人でやっているし、もちろんお金の管理も自分でしていてそういうライフハックも発信できるかもしれない。
要は、「等身大の生活」「等身大の人生」を発信することで多くの共感、元気や勇気を与えることができるかもしれないと思うのだ。おこがましいかもしれないけれど。
「アクセスアップしたい」「収益化したい」「有名になりたい」そんな「WANT」ももちろんあるけれど、ブログという形で全世界に発信している以上、「かわっちょ」ブログを読んでもらっている時間は有意義なものにしたいのだ。
「誰かに有益な情報や感情を与える」
そんな「give&give」の精神を大切にブログ記事を書いていきたいと思う。
そうしたら自然と「かわっちょのブログ読みたいな」と思ってもらえるはずだ。
丁寧に記事を書き、丁寧にブログを運営する
では「give&give精神」を持ち「誰かに有益な情報や感情を与える」記事を書くためにはどうしたらよいのだろうか。
それは「丁寧に記事を書き、丁寧にブログを運営する」ということなのではないだろうか。
「丁寧」を言い換えて「誠実」でもいいかもしれない。
「丁寧に記事を書き、丁寧にブログを運営する」
「誠実に記事を書き、誠実にブログを運営する」
こう書くと、すごくまじめな感じだけど、これって実はすごく重要だ。
「アクセスが欲しい」「収益が欲しい」だから、とりあえずなんでもいいから記事を量産する。
これは果たして「丁寧」だろうか、「誠実」だろうか。
もしかしたら、なんでもいいから記事を更新しよう、アップしよう、量産しようという意図で書かれた記事でも、読者に有益な情報や感情をお届けできている記事があるかもしれない。それならそれでいいだろう。
だが、それは自分に対して「丁寧」だろうか?自分に対して「誠実」だろうか?
適当な記事を書いている時間は「有意義」だろうか?
せっかく時間を割いて記事を書くなら、読者に対しても自分に対しても「有意義な時間」となるような記事を書きたい。
今、かわっちょはそう思っている。
だから、多少更新頻度は落ちてしまっても自分が本当に書きたいこと、発信したいこと、納得したものをかわっちょにアップしていこうと思う。
こんな「かわっちょ」ですがゆるゆるとお見守りいただけたら幸いです。